|
2010年 05月 04日
先月になりますが4月19日、Gang StarrのMC GURUが癌と闘病の末、亡く なったそうですね。 GURUと言えばGang Starr。中でも「Daily Operation」はやはり今でも フェイバリットなアルバムです。 GURUのHIPHOP界で果たした役割はJAZZとHIPHOPの橋渡しを為したこと だと思うわけですが、昔のbounceを漁っていたら彼それを裏付けるインタビュー がありましたので、以下に抜粋致します。 -ジャズとヒップホップが融合していく光景はスリリングでしょうね。 「こうやってヒップホップとジャズがコラボレートしていくっていうのは自然な 発展の過程だと思う。ロイ・エアーズやロニー・リストン・スミス、ラムゼイ・ ルイスのキャリアをみて分かるように、彼らはストレート・アヘッドなジャズ を他のリズムと融合させようと試みてきた。だからヒップホップのビートとジャズ の融合っていうのは、彼らにとっては新しい次のステップだった」 -具体的にそのアイデアはどうやって思いついたのですか。 「スパイク・リーの『Mo' Better Blues』に提供した"Jazz Thing"がヨーロッパ でヒットしたころ、俺たちは初めてのヨーロッパツアーをやった。 90年のことだった。その時、ヒップホップがいかにインターナショナルな音楽か っていうことに気づいたよ。アシッド・ジャズ、ヒップホップジャズと呼ばれる 音楽がいかにポピュラーか。このことは俺自身に大きな影響を与えた。 ヨーロッパのクラブDJがジャズとヒップホップのレコードをブレンドしてプレイ し、人々が一晩中踊っているのを見るのはとても興味深い光景だった。 そして俺はヨーロッパツアー中に、そのようなシーンから出てきたたくさんの アーティストと会った。コートニー・パイン、DCリー、ロニー・ジョーダン、 ジャミロクワイ、ブラン・ニュー・ヘヴィーズ……。 イギリスのアーティスト、音楽シーンからも俺はこうして影響を受け、それが ジャズマタズをやろうと思った一つのきっかけにもなった」 (bounce 156 July 1995より) ここで重要なのが、JAZZとHIPHOPの融合の完成がその発祥地であるアメリカ独自 でなされたものではなく、イギリス(当時のACID JAZZムーブメント)が一枚噛んで いた、という事実ですね。 その後「Step In Area」(1991)、「Daily Operation」(1992)、「Hard To Earn」 (1994)と立て続きに名盤をリリースするも、5作目の「Moment Of Truth」(1998) 発売に際しては、こんな事を言っています。 「みんながもう気にも留めていないようなヒップホップの確固たるルールを守るために、 俺たちはここにいる。ヒップホップはいまや10億万ドル産業だ。 みんなイカレちまってる。でもバランスはとらなきゃならない。 それが俺たちの役割だと思っているんだ。 せめてコアなリスナーにわかってもらえればいい。」 「少なくともセールス的な部分では何度もガッカリさせられてきたよ。」 「売り上げよりも知名度が高いアーティストでいるのは辛いもんなんだ。ストレスの素だ ……いいか、俺はまだデカい当りを手にしていない!」 「俺は自分でやめたいと思うまでラッパーでいたいんだ。 誰かに変人扱いされったって関係ない。クソ食らえだ!俺はそんな風にはならない。 俺たちはサントラやコンピレイション以外ではゴールド・アルバムもプラチナ・アルバム も取った事がないって言うと、みんな驚くんだ。 俺がウソをついていると思ってるのさ。クラブに行けばシャンペンを飲んでいる黒人が 俺の耳元で一晩中喋りまくる。俺のことをまるで何でも持っている大物みたいに祭り 上げて。そうじゃない。俺はそんな奴じゃない…… 。 <畜生、もしこいつが本当のことを知っていたら……>って思うよ。」 (bounce 186 04/1998) この人もHIPHOPを心から愛するハードコアな人だったのだなぁ…と改めて感じます。 また私はこれからも彼のアルバムを聴き継いでいくと思います。 ご冥福を心よりお祈り致します。 jazz thing -Gang Starr
by revisit74
| 2010-05-04 18:37
| music
|
ファン申請 |
||